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あとぴナビ/スペシャルインタビュー

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取材・文/平川友紀 、撮影/橋詰芳房
宮崎香蓮
PROFILE
1993年、長崎県生まれ。2006年8月「第11回全日本国民的美少女コンテスト」演技部門 賞受賞。2008年4月~NHK木曜よる8時ドラマ「バッテリー」ヒロイン役でデビュー。2008 年11月には東映「まぼろしの邪馬台国」で、主演の吉永小百合演じる宮崎香蓮の実の祖 母・和子の幼少時代を演じるなど、演技力には定評がある。2010年4月17日公開の「育子 からの手紙」では主演の育子役に抜擢。趣味はバレエ・犬の散歩・パソコンなど。特技はト ランペット・誰とでもすぐ友だちになれること。
宮崎香蓮
  • 2010年4月 17 日公開の映画「育子からの手紙」で、骨腫瘍によって左足を切断し、わずか15 年という生涯を最後まで懸命に全うした少女・育子役を見事に演じ切った 宮崎香蓮さん。 映画制作を通して、健康のありがたさ、周囲の人の温かさを痛感したという香蓮さんに、 撮影時のエピソード、映画出演を通して学んだこと、これからの夢などを伺いました。。

  • 2006年に開催された「第11回全日本美少女コンテスト」 で演技部門賞を受賞し、さまざまなテレビドラマや映画 で、その演技力が高く評価されている宮崎香蓮さん。演 技の魅力はもちろん、素直でまっさらな香蓮さんの愛らし さは、人を瞬く間に引き込んでしまいます。
    たとえば2008年出演の映画「まぼろしの邪馬台国」 (主演:吉永小百合)は、香蓮さんの祖母に取材にきた監 督が、たまたま家にいた彼女に出会ってラブコールを送 り、出演が決まったもの。
    「まぼろしの邪馬台国」は、長崎県の島原鉄道の創設者・ 康平と、盲目の彼を支え続けた妻・和子を描いた物語。実はこの映 画は、香蓮さんの祖父母の物語だったのですが、偶然が重なり自分の祖母の幼少時代 を演じることになりました。何か運命的な ものを感じる話です。
  • ● 映画「育子からの手紙」で初主演!
  • そんな香蓮さんが、自分と同世代(存命 時)のある女性と、再び運命的な出会いを しました。この春公開の「育子からの手紙」 での映画初主演がその出会いです。「育子からの手紙」は、骨のガンと言われる 「骨腫瘍」で左足を切断し、約3年の闘病生 活の末に亡くなった、増岡育子さん(23年前、骨のがんと必死に闘い 15歳で生涯を終える。)という実在の少女の物語。10 代の多感な時期に難病を抱え、左足を失い死と直 面する少女の複雑な心理を、香蓮さんはみ ごとに演じています。
    「育子さんは本当に優しくて強い子でした。 すごく足が速い女の子だったのに自慢の足 を切らなくてはいけなかった。それなのに、 自分のことよりも周りや家族のことを気づ かって常に明るく振る舞っていました。私も頑張って生きなくちゃって勇気をもらったし、いろいろなことを考えさせられまし た。悲しい話ですけど、観終わったあとは 明るい気持ちになれると思います」。
    原作者の副島喜美子さん(役:原日出子) は、子どもの頃に患った結核性股関節炎の 再発で入院し、当時13歳の増岡育子さん(役:宮崎香蓮)とたまたま隣合わせのベッ ドになりました。二人は次第に心を通わせ るようになり、交流を深めます。やがて喜 美子は退院しますが、その後も交流は続き、 二人の手紙のやり取りは、闘病中の育子の 大きな支えとなっていきます。
  • ● 手紙の温かさに勇気を与えられる
  • 宮崎香蓮 映画制作の現場では、育子と同じ体験が できたという香蓮さん。共演者やスタッフ と実際に手紙のやり取りをして、その手紙 に励まされて撮影を頑張ることができたの です。
    「きっかけは、衣装合わせのときに共演の原日出子さんがくれた一通の手紙でした。 私は初めての主演が決まって、嬉しい反面、 不安で不安で仕方ありませんでした。そ んなときにとっても優しい励ましのお手紙 を頂いて、ものすごく嬉しかったんです。 それがきっかけで、スタッフさんやほか のキャストの方たちとも文通するようにな りました。手紙って、本当にとってもあった かい。メールとは全然違います。思わず涙 が出てしまうようなお手紙もありました」。 取材時も、香蓮さんは撮影時にもらった 手紙をすべて持っていました。はにかみな がら見せてくれた手紙は数え切れないほど あって、もちろんすべてが手書き。
    「今でも宝物なんです。大事な仕事のとき にはお守りがわりについ持ち歩いちゃいま すね。
    きっと育子さんも、こうやって副島さん の手紙に勇気づけられてつらいことを乗り 越えてきたんだろうなぁって、自分も手紙 でいっぱい勇気をもらって、本当によくわ かりました」。


宮崎香蓮「育子からの手紙」

  • ● 感謝の気持ちが希望へとつながる
  • 宮崎香蓮 育子が 15 歳で亡くなるまでに綴られた手 紙には、最後まで諦めなかった「明日への 希望」が満ちあふれていました。「病気なん かに負けない」と明るく宣言している手紙、 修学旅行に行ける嬉しさが溢れ出した手 紙、将来の夢を語る手紙…。そして「あり がとう」「生きててよかった!」「私は本当に 幸せ。だって足がなくてもその倍も友だち がいるから」と、家族や友だち、共に病気 と闘う喜美子の優しさに感謝し続けていま した。
    感謝の気持ちを持つこと。そしてその気 持ちが明日への希望につながること。育子 を演じることによって、香蓮さんは感謝す ることの大切さを改めて実感したことで しょう。
    今でこそ健康で元気いっぱいの香蓮さん ですが、幼少時代にはアトピー性皮膚炎に 悩まされたこともありました。さらに喘息 や自家中毒症などでしょっちゅう入院してい たほど、体の弱い子どもだったといいます。 「病弱だった頃と今を比較して、何が大き く変わりましたか?」と質問すると、 「病気は成長するにつれ自然と良くなりました が、自分が健康になって一番嬉しいのは、 親の心配している顔を見るのが少なくなっ たことですね」という返事。どんなときで も周囲を気遣い、感謝する気持ちは、育子 と同じ。だからこそ香蓮さんは育子の気持 ちを誰よりも理解し、自然体の演技で表現 できたのではないでしょうか。 「入院していた頃によく泣いていたせいか、 私は今でも、辛いときはすぐに泣いちゃい ます。でも、泣くことって全然悪いことじゃ ないと思います。泣きたいときは思いっき り泣いて、泣き終わったら忘れる。
    大好きな人たちに囲まれて過ごしていた ら、ハッピーな気持ちになって、辛いことっ てすぐ忘れちゃうんですよ。だから、ひと りでも多く好きな人を作っていきたいです。
    大好きな人たちと笑っていられることが私 の一番のパワーです」。
  • ● いろんな役を演じてたくさんの夢を叶えたい
  • 現在は、長崎の自宅と東京を往復して学 業と仕事を両立させる日々。高校の授業と 大好きな合唱部の練習、演技の勉強に女優のお仕事と、休むヒマもなく忙しい毎日で すが、育子を演じたことで、育子に比べれ ば自分の苦労は大したことではないと思え るようになったそうです。
    「育子さんは明日への夢や生きることへの 希望を、どんなときも捨てませんでした。 私はもともと小さなことですぐ落ち込むけ ど、育子さんのおかげで、今では失敗を気 にしないようになりました。育子さんには それぐらい大きな力をもらいました。だか ら、たくさんの人に育子さんからもらった 力を伝えたい。私と同年代の人たちにも、 ぜひこの映画を観てもらいたいですね」。
    映画の初主演をやり遂げて、今では「もっ ともっと自然な演技ができる女優になりた い」という新たな目標もできました。 「私、実は夢をたくさんもっているんです。 保母さんやスチュワーデスにもなりたい (笑)。だけど今は、たくさんもってる 夢を、いろんな役を演じることで叶えていけた らって思っています!」
プレゼント



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