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あとぴナビ/スペシャルインタビュー

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取材・文/大石久恵 、撮影/橋詰芳房
上田正樹
PROFILE
金澤翔子(小蘭)
1985年東京生まれ。母でもあ る金沢蘭鳳に師事し、5歳より 書道を始める。10歳で「般若心 経」を書く。14~17歳の間、日 本学生書道文化連盟展で金 賞、銀賞を毎年受賞。19歳で 雅号、小蘭を取得。20歳で銀 座書廊において個展「翔子 書 の世界」を主催。以降、数々の 個展を開催し、鎌倉建長寺や京 都建仁寺へ書の奉納も行う。
金澤泰子(蘭鳳)
女流書家。学生時代より、短 歌、能を学ぶ。1977年、書道 「学書院」に入会し、柳田泰雲 に師事。1985年、翔子誕生。 1990年、翔子のために久が原 書道教室を始める。1998 年、 書道「泰書會」に入会。柳田泰 山に師事。著書に『愛にはじま る』(ビジネス社)、『天使の正体』 (かまくら春秋社)がある。
上田正樹
  • ダウン症候群の金澤翔子さんは、二十歳のときに初の個展を開いて以来、多くの人に感動を与える書道家として活躍しています。 翔子さんを支えるお母さまの泰子さんも、後進を指導するベテランの書道家です。 「ダウン症の娘を授かり、かつては悲嘆にくれたこともありましたが、今は翔子が私の娘で幸せです」。 金澤さん母娘がこれまで歩んできた道のりや、天衣無縫な翔子さんの魅力について、泰子さんに数々のエピソードを伺いました。

  • ● 絆
  • 金澤翔子・泰子 お父さまの裕さんは10年前に亡くなりましたが、翔子さんの心の中で今も生き続けています。「私から叱られると『お父さま、お母さまを怒ってよ!』と、主人が目の前にいるかのように訴えるんですよ」。
     また、大勢の人の前で制作過程を披露する「席上揮毫(せきじょうきごう)」を行うときは「お父さま、パワーをちょうだい」と、裕さんの魂に語りかけています。
    クリスチャンだった裕さんは、障害とともに生まれたわが子のすべてを受け入れていました。
    「お子さんは敗血症で交換輸血が必要な状態です。ダウン症ですが、どうしますか?」。帝王切開直後の泰子さんよりも先に医師から真実を知らされたとき、「主よ、私はあなたの挑戦を受け入れます」と、迷うことなくわが子の命を助けたのです。
    「よかったね。パパがいなかったら助からなかったんだよ」。赤ちゃんの翔子さんに呼びかけるのを聞いて、泰子さんは「ありがとう」と言いながらも、心の中では「何て能天気な人なの?」と思っていました。
    「私が『死にたい』と思わなくなったころ、彼から『やっと心から〈ありがとう〉って言ってくれたね』と言われました。彼はすべてをわかっていたんですよ」。
    裕さんは生前、「翔子が二十歳になったら、お世話になった人たちへの感謝をこめて個展を開こう」と、ずっと楽しみにしていました。そんなお父さまの遺志を継いで開催した個展は大盛況。しかも、二十歳の個展を機に、長年続いていた翔子さんつめ噛みの癖がなくなりました。「多くの人に自分の存在を認めてもらえて、うれしかったんだと思います。きっと、夫が天から見守ってくれたのでしょう」。
  • ● 月光
  • 金澤翔子・泰子 翔子さんは月が好き。幼いときは「三日月になりたい」といっていました。「月はいつもあとをついてきてくれる」と信じて、「ありがとう!」と月に話しかけます。そんな姿を見て、泰子さんは「翔子は照らされて光を放つ月のようだ」と思います。
    「彼女は辞書も引くことも、筆や紙を自分で選ぶこともできません。周囲の人の善意に支えられて輝くことができる、月のような存在なのです」。



金澤翔子・泰子



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